鯖街道の秘密!

鯖街道とは、誰が名づけたか分からないけれど、

そのものすばりの呼び方です。

 

小浜に伝わる古い文書で「市場仲買い文書」というのがあり、

その中に「生き鯖塩して荷ない、京へ行き任る」という文章があります。

 

若狭から運ばれた鯖が、京の都へつく頃には丁度良い塩加減に

なったという意味ですが、いまも京の食文化の中に若狭の魚

生きているようです。

 

しかし、若狭から運ばれたものは鯖だけでなく、いろいろな

海産物や文化が運ばれ、そして京からも雅やかな文化や工芸品などが

小浜に入ってきました。

 

鯖街道」という名前は、小浜から運ばれた代表的なものが

鯖であったということのようです。

 

 

92

 

 

鯖街道の歴史

鯖街道は1本だけでなく、5本ほどあったようです。

 

その中でも最も盛んに利用されたのが、小浜から熊川宿を通り

滋賀県朽木村を通って、大原から鯖街道の終点といわれる出町に至る

若狭街道です。

 

この道では大きな荷物を馬借という馬による輸送を行っていたようです。

 

これらの鯖街道のルーツは、奈良、飛鳥時代に若狭の国が「御食事」と呼ばれ、

朝廷の税として塩や塩漬けした魚介類を納めていた頃に遡ります。

 

かつて若狭は「裏日本」ではなく、大陸文化を受け入れる表玄関

なっていたところです。

 

若狭の海の幸は奈良の高官の口を楽しませ、やがて京へ都が移ってからも

人々に「若狭もの」と称され京料理には欠かせないものとなっているようです。

 

 

 

 

若狭街道・鯖街道、オススメポイント!

●熊川宿

若狭湾・小浜から京・大原口まで全長約71キロ、

その途中に「重要伝統的建築物群保存地区熊川宿があります。

 

豊臣秀吉に重用され若狭の領主となった浅井長政は、

天正17年(1589)に熊川が交通と軍事において

重要な場所であることから、諸役免除を与え、最初40戸ほどの

小村が200戸を超す宿場町となり繁栄しました。

 

平成8年には国の重要伝統的建築物群の選定を受け、

民家の修復修景が進み、美しい町並みを形成しています。

 

又、街道の片側を流れる「前川」は平成の名水百選にも選定されています。

 

 

●萬徳寺
ここの庭園若狭地方随一の名園として知られ、八ヶ寺の中で唯一、

国指定名勝の庭園を持つ寺院。又、花の名所としても知られています。

 

春はツツジ、初夏は新緑、秋はもみじが、

白砂を敷き詰めた枯山水庭園を彩ります。

 

四季折々さまざまな表情を見せてくれる花と自然が魅力です。

 

 

●鯖寿司街道

朽木村から大原へ抜ける道は、近年整備され道幅も広くなって

より多くの車が楽に通れるようになり、花折峠と朽木村との間は、

別名「鯖寿司街道」と呼ばれる程、鯖寿司屋が店を連ね、

多くの旅人が車を止めて買い求めています。